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平遥の県庁

  古代中華帝国の縮図たる平遥県庁は官僚の政治生活を通して古代中国の政治、社会の面々それと官途文化とのつながりが分かる。
  古代中国の国家の縮図で、末端的行政機関たる県庁に入ることで政治や政務を知ることができる。敷地面積26600平米の県庁は平遥の中心部に位置し南向きである。役人のことを公人と呼ぶ、告示が玄関の壁に貼られ、壁の真ん中にたくさんの金銀財宝や太陽を飲み込もうとする怪獣が彫られ、役人に収賄を戒める。玄関に入るとすぐ前に税務署にあたり、二つ目の門が儀門で、この門に入る時正装でなければならぬと言われる。平日は閉まり、新知事の着任時や祝典のときしか開かない。
  平日は東門しか通らず、死刑判決を言い渡された人が西門から出される。
  県知事が公務や裁判を行う県庁の事務室や机や青天紅日の絵が描いてある屏風、明鏡高懸と書かれる扁額が飾ってある裁判所も中庭に建つ。裁判の時、机に朱筆、毛筆、公務執行や容疑者を拷問する命令を下す際の印としての箸が何ポンかおいてある。そして、静粛を命じたり、容疑者を脅す時の掌ほどの板も用意されている。
  庭の両側の部屋を六部屋と呼び、秘書達の執務室に使われ、庶民が立ち入り禁止となっている。
  県庁の建物は表を執務室に、裏に門を設置し側近の人を警護に当たらせ、一般の役人や秘書が立ち入り禁止の県知事の私宅にし、清の時代から裏に門を設置するのが認められ、裏口という言い方が伝わった。
  日常的な執務室には三網五常の礼儀たる天理,朝廷の法律たる国法、世論たる人情のという裁判の基準を表す六つの文字の扁額が掛けてある。日常的な執務室の裏には忠愛堂と呼ばれる日常生活の場所である私宅があり、東西に家族が住んでいる。
  私宅の後ろにある判子の守り神を供奉する大仙楼は最後の建物であり、東側に知事が余暇を楽しむ花園を作った。法に触れた知識人を拘置し、明代汚職官吏の皮を剥ぐのに使われた地蔵寺が県庁の東側の基軸に建ててある。その後ろに県知事を訪れる人の迎賓館があり、行き来する官僚はそれが使えず別途宿を取る。
  なお、秘書出身で後ろに前漢の宰相になった瀟何が祭られる賛候祠があり、穀倉や牢屋、警察署もある。県知事がいながらにして治安や農事が分かるようになっている。