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雷履泰の旧宅

  平遥の上西門通り11番地に位置する保存状態良好の雷履泰の旧宅は主院、書院、花園を含む清中期の建築であり、南向きで彼が立身出世後立てたものである。雷履泰が亡くなった後、雷家はその日の糧も頼りないほど落ちぶれ、やむなく屋敷を売却した。
  雷家は代々の商家で、彼の代になると衰え、幼くして父に死なれた雷履泰は丁稚として、転々と仕事を変えたあげく、賭場で西裕成という顔料商の若旦那と知り合った。
  知遇を得て、西裕成に勤め始めた。頭が切れて、こつこつ働き、北京や漢口の支店の番頭を経て、李大全が家業を相続してから、雷は本店の支配人に抜擢された。
  彼は漢口や北京の支店に勤務していたときに資金調達や決済を簡素化するため、支店間の送金業務を試行し、さらにこれを全国的に広めた。さらに両替や為替、預貯金、融資(在来の一日の融資を中長期に改めらもの)業務も開始した。本店勤めの初日に彼は李大全に金融機構を創設するように提案し、それで、1823年、中国初の銀行日昌が誕生した。
  旧宅の南ホールには実物資料を利用して雷氏の経営理念を説明し、その伝奇的な一生を再現した。裏庭には伝統的な素朴な山西庶民の建築洞窟式住宅があり、地味な室内は絵で彩るオンロルがあり、主の心境を示し、見学者の目を引く。
  180年余りの歴史を誇る雷履泰の旧宅は中国初の銀座日昌の創始者たる雷履泰の近代中国の金融業に貢献した伝奇的な一生を語る。